多くの人にとって今はまだ2019年なのだ 

多くの人にとって今はまだ2019年なのだ 

今日2022/08/06は土曜日。

子供たちはイベントが再開されて喜び遊び回ってる。

そう聞くと、子供たちにとって数年外に出られないという体験は大人になった時に自らの幼少期を不幸なものと捉えるだろうなと思う。

生まれた時代の巡り合わせだ。

もちろん可哀想な話である。

しかし、未曾有の危機は各所におきる。

ウクライナだって災難だし、台風19号だって大変だった。

子供たちにとっても大人たちにとってもそれは等しく試練である。

そして私たちは現在コロナウイルスにどう立ち向かうのか、正直言って最適解を出している人がいないように思う。

もう普通の世界は帰ってこないかもしれない。

その想定「も」しておいた方がいい。

感染症に強い社会を国際的に作り上げる方が前向きといえる。

しかし人々はそういう方向に進もうとしてくれない。

何でかな?

原因は多くの人にとって体験したことのない病だからだろう。

実際に感染したか、感染者が知り合いにいる人で、軽傷だった人が居ないと実感が湧きにくいらしい。

感覚の問題なのだ。

理解の問題でもある。

この感染症は治療薬が出ても社会は変わるしかないだろう。

それは前に書いた理由からだ。

ウイズコロナとはリモートワークと宅配と非接触決済やバブル方式を使い、人流を抑制気味にしながら経済活動を進める仕組みにした社会のことだろうと思う。

早めに舵を切らないと世の中がいつか元に戻ると想定して計画してしまうから良くない。

例えば東京都内の鉄道会社が路線を延伸するそうだが、そんな需要は本当にあるのか?