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竹内まりや – Plastic Love (Official Music Video)


MUSIC VIDEO

竹内まりや – Plastic Love (Official Music Video)

ビデオは冒頭だけ見てご紹介しちゃったんですが、前回。

でも、今回フルフル見てちょっとビデオが自分と歌詞の解釈が違うなあと思った点をピックアップ。

プログラムと打ち込み

この歌詞は1984年発売なので作詞はこの年を含むそれ以前ですよね。

プラスティック・ラヴ

わずかな家庭にパーソナルコンピューターが存在する程度のこの時期ってアニメ映画「ルパン三世カリオストロの城」(1979年)や小説「スローなブギにしてくれ」(1976年)に「今どき」のアイテム(確かスローなブギにカップヌードルが出てきた気がする)が出てくるみたいに、「プログラム」とか「インプット」みたいな言葉を大人たちが使いたがった時期でもありました。

プラスティックラブの1984年当時は1970年代だと思うんですけどプラスティックという「紛い物」「安物」みたいなニュアンスを持っていてガラスの代用品みたいな意味で使われがちだったんじゃないかと思います、確か。

だからプラスティックラブのプラグラムを上手に打ち込んでるというのは、これはあくまで

紛い物の恋愛

を上手にプログラミングされた出会いと別れ

恋愛初期の男性を手玉に取ったり

自分を失う瞬間を味わってもらう

事をするけどあくまで計算ずくに冷たく扱うのだ。

しかも全て最初から仕組んであるんだよ。

という意味じゃないだろうかな?と思うのです。

これがビデオの48秒過ぎに登場する部分かなというのが私の解釈でした。


1分18秒のところ。

1984年、まだまだ社会が男尊女卑でしかも保守的な匂いとセクハラなんて言葉もない時代にこの歌詞は衝撃的だっただろうなと思うのですが、さすがに早めに出てくるのはそのせいでしょうか。

愛に傷ついたあの日からずっと

別れてるんですねこの歌詞の主人公。

で、これが最初から最後までとっても重要です。


2分55秒。

皮肉なもので(別れてから)連れて歩く男はみんな元彼に似てる

まあ男は全部代用品なわけです彼女にとって。

要するにこの子は何がどうあっても元彼が好きなわけでして、相当深いんですね思いが。

この歌詞はどこに向かってるのか?

誰に向けてのものか?

聴衆に歌っているようで聴いてほしい相手は一人な訳です論理的には。

グラスを落として急に涙ぐんでも

それは元彼との思い出がフラッシュバックみたいに光って目の前の男が別の男な訳ですからやってられないですよ。

そりゃグラスも落ちるし泣くけど訳は聞いてほしくないのです。

だって聞いてほしい相手じゃないんだもん。


3分35秒。

ハロゲンランプが怪しく輝く

対向車のヘッドライトがまだ煌々と点っていて、反対車線を走る車もそれなりに台数が多い。

つまりそういう時間に男に送らせてるんですよね車で。

シティホテルから帰る時間じゃないと思うんですよね。

これアッシー君(車で送り迎えさせるだけの男)にも思えるんだけどな。

じゃないと

氷のように冷たい女だと囁く声

がするのは繋がりがおかしいかと。

女は見透かしてるわけですよ。

プラスティックな男を。


そういうわけでこの彼女はすっごく切ないんですね。

自分で自分を傷つけちゃってるんですよ。

でもってこの歌詞は元彼に向けられていると。

でも聞いてくれる分には他の男でも女でもいいです。

何故って、それを元彼に伝えてくれれば本懐を遂げるんで。


という感じで自分は解釈しています。

ビデオはちょっと見た感じ私と解釈が違うんだなあと感じました。

竹内まりやさん的にはこのビデオの方が本来なのかなあ?

つまり私は勘ぐりすぎ?

ただビデオのエンディングはこのビデオっぽいなと思いました。

マドンナ マテリアルガール

届かないからこそプラスティックラブしか無いからこそ、この歌詞は洒落た曲に乗っていながら切なくていいなあと思うんだけど。