ビフ・タネンと華族による安定した官僚機構とサルバドール・ダリの子供がいない件

悲劇の人

ビフ・タネンは架空の人物でBTTFの1、2、3に登場します。

彼はBTTF 2では街の実力者でした、ならずもので乱暴者が幅を利かせます。

BTTF 1ではデスクワークが主体の20世紀に適応できず、得意の暴力でジョージ・マクフライに仕事をさせて結果だけを横取りすることでキリギリスみたいに生きています。

BTTF 3ではただの厄介者です。

ビフという人物は世代を超えてなぜか単一の人物造形しかされていませんので同じ人が西部開拓、20世紀後半、21世紀初頭を生きたと仮定してどういう人生になるかを表しています。

時代によっては出世するが、時代が進むと用無しになってしまってる悲しい運命を背負った悲劇のキャラクターです。

西部開拓自体にはビフに散々世話になったくせにね・・・。

華族制度と政治の安定

明治時代に民主化したものの官僚機構の上層には華族がいて政治を司っていました。

よく「革命とは権力者の交代」でしかなく、別に世の中が良くなって革命に加担した人全てが幸せになるわけじゃない。

Bが率いてCが参加した革命によって権力者Aが失墜するだけで、権力者Bが支配するようになり、民間人Cの生活は特に変化がないわけです。

明治維新は関ヶ原の戦いで敗れた西軍の総大将毛利家と同じく西軍にいて退却中親族を殺された島津家が、薩長連合を組んで東軍である徳川家の幕府を倒す268年越しのリベンジを果たしました。

この結果、支配者が徳川家から華族制度の枠内にいる人々に切り替わりました。

江戸庶民Cの生活は東京人Cとなっただけで特に変わりありません。

ただ華族が支配した時代は大正時代までで、昭和に入ると試験に合格した東京人Cや東京以外の人Dが官僚のトップになりました、華族が定年で退職したからです。

不安定な昭和とアルフレッド・レノン

大正時代は政治も社会も成熟し大正ロマン時代でしたが、昭和に入ると不安定化してしまいました。

官僚が試験に合格しただけの人だからです。

華族支配では相変わらず偏りがあるじゃないかという批判もあったそうですが、それは行動遺伝学的に正しい批判ではない気がします。

華族は政治や統治に遺伝的に適性が高く、それは平民より優秀なのではなくその仕事に向いていると言えます。

だから華族以外の人たちもそれぞれに向いている職業があり、それは優劣の話ではありません

遺伝形質を裏付けるのに面白いエピソードもあります。

ジョン・レノンのお父さんは船員、お母さんは店員さん、もし遺伝が影響するならオリンピックで毎回演奏されてるイマジンを作詞作曲した人が生まれるってそれおかしくね?

って思って調べたら、お母さんは自身もバンジョーを弾けてジョンにそれを教えた人でお店で一番歌が上手く、お父さんのアルフレッドさんもバンジョー弾いたりする人だけど仕事は船のベルボーイさん、おじいさんはリバプールからNYにわたってコメディの舞台踏んでいた人、結構芸能に長けた一家に生まれた人でした(あの革新的作家性はどこからか入り込んできたものでしょうね、これはダリにつながります)。

山口県の師範学校で伊藤博文が学者を育てるのではなく実学を学ばせろと講演で言ったにも関わらず、明治、大正、昭和と過剰な学歴至上主義は身分制度を平民が打破する道具に成り下がっていました。

そしてその流れのまま令和にAI時代を迎えて、卒業したけど仕事がないという状況がアメリカで先んじて発生しています、これが日本でどうなるかが今後の注目点です。

ダリには子供がいなかった

サルバドール・ダリは「偉大な天才には並みの子どもが生まれる。私はこの経験を味わいたくない。」と言ったそうです。

この文言に触れて私はこのページを書くことを思い立ちました。

恐らくですが業績を残す人にはそれぞれ遺伝要因が数世代にわたって潜んでいると思います。

メンデルの優性遺伝の一例ではないかと思います。

ダリ家の数世代遡ったどこかにサルバドール・ダリを形作る何かが点々と存在しそれが突然発現したのがサルバドール・ダリというわけでしょう。

だから彼の子供がいたとしても同じさすがはダリの息子だ!と呼ばれるような子孫はなかなか生まれません、そしてそれは普通のことなので気にすることはなかったと思います。

そしてダリの息子さんなり娘さんなりが生まれていたと仮に仮定して、その人たちがシュルレアリズムで大きな業績を残さなかったにしたって、その時代そのジャンルで何かしらその人に向いている職業についてその人たちが幸せならそれでいいのです。

ビフ・タネンももしかしたら彼に向いている仕事がどこかにはあったのかもしれませんよ。