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私の考え

ルート66の挫折と太平洋戦争:アメリカの景気回復の真相

ルート66を通った農民はカリフォルニアで仕事を見つけられなかった

NHKで放送された「バタフライエフェクト」を見ていて気になったことがある。

ダストボウルで農地を追われた農民たちは、仕事があると信じてカリフォルニアを目指したが、実際には仕事はなかった。被災し移民した者はおよそ350万人。ほとんどの人は仕事を得られず、移民キャンプで貧しい生活を何年も送ることになった。大恐慌もあり、アメリカは失業者で溢れていた。

 

そこに仕事が生まれた

ダストボウル(砂嵐に沢山の農家が襲われた)に追われた難民キャンプの人々にアメリカ政府が届けたのが、パールハーバーに始まる太平洋戦争とそれに伴う軍需産業だった。戦争が発生すると、軍需物資が大量に必要となる。戦場で消費される武器、弾薬、戦闘機の製造に多くの人手が必要となり、移民たちは仕事を得ることができた。カリフォルニアは軍需産業が活況を呈し、雇用者数は300万人に達した(NHK番組より)。難民たちへの景気対策として、太平洋戦争こそが最も効果的だったわけだ。

雇用者数は300万人(NHK番組より)。

難民達への景気対策としては太平洋戦争こそが最も効果的だったわけだ。

 

ハルノートは景気対策だった?

交渉の叩き台とアメリカ側が主張するハルノートが太平洋戦争前に日本側に突きつけられたが、その内容はかなり日本側に不利なものだった。この結果、日本軍は対米海戦を決定し、アメリカは景気を回復させ失業者に仕事を与えることができた。昔から「アメリカの戦争は景気対策」と揶揄されていたが、それが本当だったのかもしれない。在米日系人は強制収容所に送られ、アメリカ人だけがカリフォルニアで仕事を得た。日系人はその後、アメリカ人と認めてもらうためにノルマンディー上陸作戦で悲惨な戦地に向かうことになった。背景にあるのは日本人に対する差別だろう。

 

民主党ルーズベルト

金融政策で失敗し、一度は回復しかけたアメリカ景気が再び後退すると、民主党政権は日本と開戦に向かう政策を取った。そして軍需でアメリカの景気は回復した(ニューディール政策)。

 

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